[ワシントン 23日 ロイター] - かつてはSF作品に登場するだけの存在だった人工培養肉だが、早ければ年内にも米国の一部のレストランでお披露目となるかもしれない。
培養肉メーカー各社の幹部は、巨大なスチール製タンクの中で育った肉が数カ月以内にメニューに登場すると楽観視している。ある企業が、肝心の規制当局から食用としての認可を取得したからだ。自信の現れなのか、いくつかのメーカーはすでにアルゼンチン出身のフランシス・モールマン氏やスペイン出身のホセ・アンドレス氏といった一流シェフと契約を結んでいる。いずれ彼らの高級レストランで自社製の培養肉を使ってもらうためだ。
だがロイターの取材に応じた幹部5人によれば、最終的な目標、つまり培養肉がスーパーの店頭に並ぶ状況に至るまでには、メーカー各社の前には大きな障害が立ちふさがっているという。生産拡大のためにはもっと投資が必要で、それが実現すれば、もっとリーズナブルな価格でビーフステーキや鶏胸肉を提供できるようになる。その一方で、消費者の中に見られる、培養肉を試食することさえためらう忌避感を克服しなければならない。
培養肉のもとになるのは、家畜から採取した少量の細胞サンプルだ。栄養素を与えられ、バイオリアクターと呼ばれる巨大なスチール容器の中で成長し、従来の食肉に似た外観や味になるように加工される。
これまでのところ、小売り向け食材として培養肉を承認したのはシンガポール1国だけだが、米国もそれに続こうとしている。米食品医薬品局(FDA)は昨年11月、カリフォルニアを拠点とするアップサイド・フーズが培養する鶏胸肉について、人間の食用として安全性が認められると発表した。
アップサイドの経営幹部はロイターに対し、飲食店向けには早ければ2023年に、食品小売り店向けにも2028年には製品を出荷することを希望していると話している。
アップサイドとしては、この後、米農務省の食品安全検査局(FSIS)の検査を受け、同局から食品表示について承認を受ける必要がある。検査のスケジュールについてFSISに問い合わせたが、コメントを控えるとしている。
<「血の流れない食肉処理場」>
アップサイドの生産施設があるカリフォルニア州エメリービル。先日ロイターが取材に訪れたときは、実験用白衣を着た従業員がタッチパネル式の画面を凝視し、栄養素を混ぜた水をたたえた巨大なタンクを監視していた。培養肉は、ウマ・バレティ最高経営責任者(CEO)が「血の流れない食肉処理場」と呼ぶ部屋で収穫・処理され、調べられ、検査を受ける。
取材に訪れたロイターの記者たちに、アップサイドが生産した鶏肉のサンプルが提供された。調理後はまさに従来の鶏肉と同じ味だが、いくぶん身が薄く、生の状態ではのっぺりとした淡黄色に見える。
バレティCEOはロイターに、アップサイドは4年間にわたりFDAに協力し、11月の認可取得にこぎ着けた、と語った。
「培養肉産業にとって画期的な瞬間だ」と同CEOは言う。
これまで報道されてはないが、カリフォルニア州を拠点とする培養肉メーカー、グッド・ミートもすでにFDAに認可申請を行い、審査待ちとなっている。この他、モサ・ミート(オランダ)、ビリーバー・ミート(イスラエル)両社の幹部も、FDAとの協議を進めているとロイターに明らかにした。
FDAは認可審査中の培養肉製品については詳しく述べられないとしているが、複数の企業と協議していることは認めた。
アップサイド、モサ・ミート、ビリーバー・ミート、グッド・ミートの幹部らは、培養肉を広範囲の消費者に提供できるようにするには、規制当局からの認可取得は最初のハードルを越えたにすぎない、と語る。
幹部らによれば、各社が直面している最大の課題は、誕生まもないサプライチェーンを育てていくことだ。培養肉の大量生産には、食肉細胞に投与するための栄養素や巨大なバイオリアクターが必要になる。
今のところ、生産量は限定的だ。アップサイドの施設は年間40万ポンド(約181.4トン)の培養肉を生産する能力がある。食肉産業のロビー団体である北米食肉研究所によれば、米国で2021年に生産された通常の食肉は1060億ポンド。それに比べればごく小さな数字だ。
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グッド・ミートの共同創業者ジョシュ・テトリック氏は、メーカー各社が生産拡大に必要な資金を確保できなければ、培養肉の価格を従来の肉と競争できるような水準まで下げることは不可能だ、と語る。
「単に発売するのと大量に販売するのでは大違いだ」とテトリック氏。「私たちが単独の企業としても業界としても、大規模なインフラを築いていかなければ、培養肉産業は非常に小さな規模にとどまるだろう」
<規模拡大の悩み>
代替肉製品にフォーカスした研究機関グッド・フード・インスティチュート(GFI)がまとめたデータによれば、培養肉産業はこれまで世界全体で20億ドル(約2590億円)近い投資を集めてきた。
だが、たとえばグッド・ミートが大規模に培養肉を生産するために必要なサイズのバイオリアクターを建設するだけでも数億ドルの資金が必要になる、とテトリック氏は語る。
これまで培養肉産業への投資の先頭に立ってきたのは、ベンチャーキャピタル、それにJBS やタイソンフーズ 、アーチャー・ダニエルズ・ミッドランド(ADM) といった大手食品関連企業である。
JBSで広報を担当するニッキ・リチャードソン氏は、JBSによる培養肉への投資は「従来の肉、植物ベース、代替タンパク製品という、多角化されたグローバルな食品ポートフォリオを構築するという当社の取組みに合致している」と述べた。
タイソンにもコメントを求めたが回答は得られなかった。ADMはコメントを控えた。
投資の行き先はもっぱら米国だ。マッキンゼー・アンド・カンパニーのパートナーで、代替タンパク製品に注目しているジョーダン・バー・アム氏によれば、米国は市場規模や豊かさの点で培養肉メーカーにとって最大のターゲットだからである。
培養肉メーカーの中には、まだ規制当局からの認可も得られていないのに、米国内での生産を拡大しているところもある。
ビリーバー・ミートのニコール・ジョンソン・ホフマンCEOによれば、同社はノースカロライナ州に生産施設を建設する計画を立てている。操業開始は2024年、生産能力は年間2200万ポンドとなる予定だ。グッド・ミートもカリフォルニア州とシンガポールに生産拠点を設ける予定で、最大で年間3000万ポンドを生産する。
欧州連合(EU)やイスラエルなどの諸国も、培養肉に関する規制枠組みの策定に取り組んでいるが、まだ食品として認可を与えた例はない。
<消費者に広がる忌避感>
培養肉メーカー各社は、消費者に向けて、従来の畜産肉に比べて培養肉は環境負荷が低く倫理的であると訴えつつ、同時に、一部消費者のあいだに見られる忌避感の軽減も試みていく構えだ。
たとえば、培養肉には動物の命を奪うという要素がない。メーカー各社は、道徳的な理由で肉食を避ける人々にとって、培養肉はこの点で魅力になると期待している。ロイターの取材に応じた幹部らは、細胞採取プロセスで動物に危害を加えることはないと話す。
もう1つの魅力は、農場ではなくスチール容器内で肉を培養することで、畜産による環境負荷を抑制できる、というものだ。国連食糧農業機関(FAO)によれば、畜産は、飼料生産や森林伐採、肥料管理、腸内発酵(家畜のゲップ)を通じて、世界の温室効果ガス排出量の14.5%を占めているという。
植物由来の代替肉の場合もメーカー各社は道徳的・環境的な長所を消費者にアピールしているが、GFIの報告書によれば、食肉市場の1.4%を占めるにすぎない。
だがテトリック氏は、培養肉メーカーには、本物の肉だと主張できる強みがあると語る。「たぶん我々がこれまでに学んだ最大のことは、人々は本当に肉が好きだということだ。恐らく、肉の消費量が大幅に減ることはないだろう」。
とはいえ、カリフォルニア大学ロサンゼルス校で人間の食生活を研究する健康心理学者ジャネット・トミヤマ氏は、培養肉に忌避感を抱く人は多いと話す。
トミヤマ氏が「ジャーナル・オブ・エンバイロメント・サイコロジー」に発表した2022年の調査では、食肉消費者の35%、ベジタリアンの55%は培養肉を試食することさえ嫌がっているという結果が出ている。
人によっては培養肉を「自然に反している」と捉え、試食すらせずに否定的な態度を取っている、とトミヤマ氏は言う。
テトリック氏は、ちゅうちょする消費者を呼び寄せるため、メーカー各社は培養肉を生産する方法や、食品としての安全性について、できるだけ明確に示す必要があると指摘。同氏が創業したグッド・ミートは、シンガポールの複数のレストランで製品を販売している。
「透明性を確保しなければならない、それも、食欲を損なわないような形で」とテトリック氏は述べた。
アップサイド・フーズとグッド・ミートはロイターの取材に対し、認可が得られたら、まず最高級レストランで製品を紹介することにより米国民の嗜好(しこう)に訴える予定だ、と語った。高めの価格設定を許容できる高級店の顧客を相手に、培養肉について良い第一印象を与えようという狙いである。
アップサイドのバレティCEOは、今後3─5年以内に食料品店でも培養肉を買えるようにしたいと考えているという。
米国の大手スーパーマーケットチェーンにコメントを求めたが、回答は得られなかった。
冒頭で名を挙げたシェフのアンドレス氏は、グローバルな食料安全保障に関する取り組みで知られる。ロイターの取材に対し、環境面での利点があるため培養肉を使っていきたいと語った。
「世界中の全ての国、至る所で起きている状況を見れば、この惑星が危機に瀕していることは分かる」とアンドレス氏は言う。
同じくシェフのモールマン氏は、野外で直火を使って肉その他の食材を調理することで知られている。ロイターに対し、同じく環境への配慮を気にしており、培養肉が美味しさという点で魅力的なものとなり、「科学的」という印象を弱めることがシェフの役割だと考えている、と話した。
「培養肉には、ロマンという要素を加える必要がある」とモールマン氏は語った。
(Leah Douglas記者、翻訳:エァクレーレン)
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アングル:培養肉が食卓に並ぶのはいつか、障害となる「忌避感」 - ロイター (Reuters Japan)
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