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Wednesday, September 14, 2022

培養肉は「怪しい肉」か「夢の食材」か、25年に日本の食卓開拓へ - ITpro

全3469文字

 2040年の食卓を想像してみよう。「培養肉製造装置」は、ブランド牛肉を低価格で再現できる3D(立体)プリンターである。食品メーカーが提供するレシピデータを購入し、キッチンに置かれた装置に送る。しばらく待つと、ステーキ肉がバイオインクで印刷される。この肉はブランド牛そのままの味や食感で、タンパク質や脂肪が個人の好みに合わせて最適化されている――。

 そんな未来も、今や夢物語ではなくなってきている。日本国内では、日清食品ホールディングス(HD)といった大手食品企業に加え、日揮などのプラント運営企業も培養肉事業に本格参入している。2022年6月には、自由民主党の議員連盟が発足し、培養肉の法整備に向けて動き出した。コストの課題を解決すれば“夢の食材”が現実になるかもしれない。

自民党で議員連盟、法整備へ前進

 「世界では2025年前後に向けて、培養肉の上市(市販)が検討されている。今後、グローバルサプライチェーンになるなかで、国際標準規格の形成に日本が主導的に関わっていくことが大事だ」

 ここは、自民党本部の会議室。衆院議員の中山展宏氏はこう意気込みを示す。2022年8月4日に開催された「細胞農業によるサステナブル社会推進議員連盟」の総会での一幕だった。

 同連盟の発起人には自民党前幹事長の甘利明氏や内閣官房長官の松野博一氏、衆院議員の赤沢亮正氏などが名を連ねる。「期待のある」(中山氏)培養肉について、2022年中の法案や提言の提出を目指す(図1)。

図1 2022年8月4日に開催された「細胞農業によるサステナブル社会推進議員連盟」の総会の様子

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図1 2022年8月4日に開催された「細胞農業によるサステナブル社会推進議員連盟」の総会の様子

総会では、農林水産省や培養肉を手掛けるインテグリカルチャー(東京・文京)の担当者が登壇し、説明した。写真で奥に座るのは、衆院議員の赤沢亮正氏(左)、自民党前幹事長の甘利明氏(中央)、インテグリカルチャー 代表取締役 CEO(最高経営責任者)の 羽生雄毅氏(右)(写真:日経クロステック)

 同連盟は、培養肉(細胞農業)を「動物性タンパク質を賄う1つの選択肢」(中山氏)として位置付け、2022年6月に発足した。現行の法令では、培養肉を一般向けにに提供するルールが形成されていない。まずは法整備に向けて働きかけていきたい考えだ。

 萌芽(ほうが)したばかりの培養肉分野では、シンガポールやイスラエル、米国やオランダなどの国々が前線を走る。現状は培養肉工場の建設を進めつつ、ほとんどの国が法整備に向けて動いている段階である()。

表 各国政府の培養肉関連動向

(出所:日経クロステックが取材を基に作成)

国名 政府の培養肉関連動向
シンガポール 2020年、世界で初めて動物由来の培養肉の販売を承認
イスラエル 2022年初頭、イノベーション庁が培養肉開発コンソーシアムに日本円換算で約26億円の交付
オランダ 2022年4月、培養肉エコシステムの構築に6000万ユーロ(約87億円)投資を合意
米国 2021年、農務省が培養肉の食品表示を検討
韓国 2022年内にも、培養肉の製造・加工ガイドラインを制定する計画
日本 2022年6月、自民党の有志議員が「細胞農業によるサステナブル社会推進議員連盟」を発足

 日本を含む各国政府にとっての魅力の1つは、食糧問題の解決だ注1)。培養肉は動物の細胞から培養するため、安定的に食肉を供給できる。1頭の牛から大量に肉を生産できるならば、国産牛だけで食卓を賄えるようになるからだ。今後、新興国の食肉需要が増えていくことなどを考えると、安定供給が重要な課題になってくる。

注1)イスラエルは「他国と異なる事情がある」(同国スタートアップとの協業支援を手掛けるミリオンステップス〔東京・港〕 )。イスラエルにはFuture Meat Technologies(フューチャー・ミート・テクノロジーズ)や、味の素が出資するSuperMeat(スーパーミート)など、世界でも存在感を示す企業が多い。「再生医療の技術を生かせるという点で培養肉への関心が高まっている。食料自給率というよりもむしろ積極的に技術を輸出したい考えだ」とミリオンステップス ジェネラルマネージャーの梅山夕香里氏は説明する。

 こうした食糧問題は、食品メーカーにとっても重要である。食肉が手に入りづらくなれば、食品の販売数が減少したり、価格が高騰したりする恐れがあるからだ。「食肉需要の増加や気候変動などを考えると、現状の畜産手法以外も検討すべき段階になっている」と日清食品HD グローバルイノベーション研究センター 健康科学研究部の古橋麻衣氏は語る。

 同社は2017年から、東京大学 大学院 情報理工学系研究科 教授の竹内昌治氏と共同で培養肉開発を進める。大手食品メーカーが培養肉研究を公にすることは世界でも珍しいが、「培養肉の認知度を上げて、消費者に受け入れてもらいやすくしたい」(古橋氏)狙いがあるという。「2024年度までに基礎研究を完了し、市場投入については2025年以降に検討していきたい」(同氏)と意気込む。

培養液の価格がネック

 培養肉に取り組む企業の共通の課題が、1食当たり数千~数万円という製造コストの高さだ。

 大きなネックとなっているのは、細胞を成長しやすくする培養液の価格である。国際NGO団体のThe Good Food Institute(GFI)による2020年のリポートによれば、培養肉にかかるコストの55~95%を培養液が占めるという。さらに、培養液のコストの9割は細胞の増殖を促す「成長因子」に起因する。このため、課題解決には培養液自体の低価格化や大量生産によるスケール化が欠かせない。

 培養肉を手掛けるベンチャー企業であるインテグリカルチャー(東京・文京)は、独自の技術で培養液の低価格化を目指す。同社は動物の体内に似た環境を人工的につくりだす装置を開発する。この装置を使えば、外部から成長因子を加えずに培養肉をつくれるという。「他社の培養肉は100グラム当たり400米ドルぐらい。我々は現状でも同規模を280米ドルで製造できる」と同社 取締役CTO(最高技術責任者)の川島一公氏は胸を張る(図2)。

図2 動物の体内に似た環境を人工的につくりだす装置「CulNet System」

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図2 動物の体内に似た環境を人工的につくりだす装置「CulNet System」

インテグリカルチャーは、培養肉の先にあるものとして細胞を使ったものづくりを見据える。例えば、イカやタコの皮膚を細胞レベルで再現し、「有機的な素材でディスプレーなどの家電をつくりだす」構想を練る(写真:インテグリカルチャー)

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