歓声も拍手もない。まばゆく照らし出されたピッチには選手たちの声とボールを蹴る音が響いた。25日夜、埼玉スタジアム(さいたま市)で行われた東京五輪のサッカー男子1次リーグの日本対メキシコ戦。無観客試合の空気と、会場内の新型コロナウイルスの感染防止対策を報告する。 (郷達也)
午後2時に到着すると、スタジアム周辺は静まり返っていた。「この静寂さは何とも言えない変な感じ。記者さん、(内部を)よく見てきてよ」。記念にと外観を撮影していた同市内の男性会社員(55)は、そう言いながらシャッターを切り続けた。
私は、コロナ対策の規則集「プレーブック」に従い、PCR検査の検体キットを2日前に提出し、陰性の結果を確認。7月初旬から毎日、検温と体調チェックを欠かさず、大会組織委員会指定のスマートフォンアプリで記録して、この日の取材に臨んだ。
メディア用の入場口で手指を消毒し、検温すると36・6度で問題なし。セキュリティーチェックでは、持参したペットボトルの中身をその場で試飲するよう求められた。
会場内は、トイレやエレベーター前などに消毒用アルコールが設置してある。わずかの間、マスクを外したスタッフを見つけた別の担当者が「マスク着けて」と指示する場面も。日本戦に先立ち実施された試合では、各国の報道陣が選手と1メートル以上の距離を保ちながらインタビューしていた。
ただ、「マニュアルをもらっていないので、きょう何をしていいか分からない」と漏らすスタッフもいて、100パーセントの防疫が達せられていない現実も垣間見えた。
約6万人を収容できる巨大スタジアムを、5階部分の記者席から見渡す。ブロックごとに青や緑などにシートの色が統一された観客席は、真空のように空っぽだ。最上段に掲げられた万国旗と、フェンスに掲示された「TOKYO 2020」の文字だけが、かろうじてここがオリンピックの競技会場なのだと認識させてくれる。
午後8時。いよいよキックオフ。気温29度、湿度87%のコンディションだが、風が通り抜けるため、いくぶんか過ごしやすい。
前半、久保建英と堂安律が立て続けにゴールを決めた。抱き合い、率直に喜びを爆発させる主役たち。記者席では「おおー」とどよめきが起こった。そして再び、ボールを蹴り合う音が繰り返される空間に戻った。時折、不自然な音も混じった。「ピーピー」などと人の声援を模したような感じでスピーカーから流れていたが、選手にはどう聞こえただろう。
「前、前、前っ!」。疲れで運動量が落ちてきた仲間を鼓舞する掛け声が響く。「ドムッ」という、ボールを奪い合い肉体をぶつける音も聞こえる。最高峰のプレーに、唾を飲み込んで一瞬たりとも目が離せない。
日本は2―1で快勝、メダル獲得に一歩前進した。強豪メキシコの最後まで諦めない果敢なプレーも含め、「スポーツの力」がもたらす希望を私は確かに受け取った。この五輪の舞台に、早く子どもたちを呼び戻してあげなければ―。そう願わずにいられなかった。
静寂のスタジアム…触れた無観客の空気と感じた「スポーツの力」 - 西日本新聞
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