空気の約8割を占める窒素を利用してアンモニアを大量生産する手法は1913年、ドイツで確立された。これを聞いた皇帝ウィルヘルム2世は「これで戦争ができる」と喜んだと伝えられる▲アンモニアからは爆薬のほか窒素肥料が作れる。武器も食料も自給できると踏んだドイツは第一次世界大戦に参戦した。だが資金力と戦力で上回る連合国にねじ伏せられた▲そのころ日本では、ある化学会社が特需で急成長していた。チッソの前身「日本窒素肥料」である。創業者の野口遵(したがう)は稼ぎを欧州からの技術導入に投資し、巨大コンツェルンに育てた。次の大戦では軍需産業として貢献した▲中核を担う工場があった熊本県水俣市で「猫が逆立ちして踊りながら死ぬ」とうわさが広がったのは戦後まもない50年代前半。やがて被害は人体にも及んだ。多くは水俣湾の魚を食べる漁民だった▲56年のきょう、チッソの付属病院長、細川一医師が原因不明の疾患発生を保健所に報告した。これが「水俣病の公式発見」とされる。だがチッソは工場排水との因果関係を認めなかった。細川医師が排水を猫に投与して水俣病を発症することを確かめたが公表は封じられ、対策は遅れた▲「文明人は合理的ですが、倫理において非常に欠落している」。水俣病を告発し続けた石牟礼道子さんの言葉だ。戦争は陰に陽に科学技術を進歩させてきたが、同時に大きな犠牲を生み出し、弱い人々に重くのしかかる。今も世界のどこかで同じことが起きている。
余録:空気の約8割を占める窒素を利用して… - 毎日新聞
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