「今日は、スイカとジャガイモを。ああそれから、300グラムのステーキ肉も30枚、お願いします」
28日午前、利根川の支流・黒部川のほとりにある「小見川スポーツ・コミュニティセンター」。千葉県香取市教育委員会の林義美さん(41)は、英語で次々と言われた内容を、慣れた様子でメモしていた。
発注者は、強豪で知られるスロバキアのカヌースプリント男子選手団でシェフを務めるマイケル・ブセックさん(40)。選手団は今月12日から31日まで、市内で事前キャンプをしている。
ステーキ肉30枚か……。今日は地元の精肉店が休みだ。でも、林さんら、選手団をサポートする職員チームのメンバーはめげない。近隣の店に手当たり次第、電話をかけると隣の旭市のスーパーにあると分かり、すぐに車を走らせた。
新型コロナウイルス対策で、日本国内での選手らの行動範囲は宿泊先や練習場所、競技会場に限定されている。自由に外出できない選手団のために、職員チームは費用を受け取り、毎日、「買い物代行」をしているというわけだ。茨城県まで、「レンズ豆」を買いに行ったこともある。
「せっかく香取に来てくれたのだから、できる限りのことをしたい」。スロバキア国旗が描かれたTシャツを着た林さん。汗をぬぐいながら、スイカやイモをセンターに運び入れた。
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水上スポーツが盛んな香取市は、昨年1月、「風などの状態が競技会場に近い」と、視察に訪れた同国のコーチ陣の目に留まった。
しかし、その後にコロナの感染が拡大。地元の子供が楽しみにしていたカヌー教室は距離をとってカヌーをこぐだけとなり、直接指導は受けられなかった。勝負の神様として知られる香取神宮への選手たちの参拝も、かなわなかった。
市民との交流がほとんどない中で、林さんたち職員チームは、いわば「おもてなし」を一身に背負った存在でもある。買い物代行のほか、林さんを含む4人が交代で同センターに泊まり込んで、急病人の発生などに備えている。
2016年リオ五輪の銀メダリスト、エリック・ユルチェク選手(39)は「たくさんの人がコロナを不安に思っている中で、サポートに力を尽くしてくれるのは本当にありがたい」。
選手たちは8月2日から競技に臨む。林さんは、自宅でインターネット中継を見て応援する予定だ。
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自転車ロードレースのフランスチームのホストタウンとなっている山梨県山中湖村は、民間の力を借りて選手らをサポートした。
選手らは15日から村内のペンションを貸し切って滞在。村在住のフランス人男性が泊まり込んで通訳などを担った。
食材の調達は、村に拠点を置くロードレースチーム「アヴニール・ヤマナシ・ヤマナカコ」が代行。選手団はパンにこだわりがあるようで、「これならフランスのものと変わらない」と言われた全粒粉のパンを隣接する同県都留市のカフェで購入し、2日に1度届けてきた。村が差し入れた桃を選手らが気に入り、「20個ほど買ってきて」と頼まれたこともあったという。
必要な食材はチーム側がほしい食材を紙に書いてペンションの入り口付近に置き、アヴニールが購入してきた食材もそこに置いて立ち去ることで、接触を断つ。アヴニールの選手兼ゼネラルマネジャー、水野恭兵さん(32)は「本当は競技のことを聞きたかったが、もし自分が感染していたら、選手が出場できなくなる。当然の対応だ」と語る。
村に滞在する選手が出場する競技は28日に全て終了した。羽田静夫・オリンピック推進室長(56)は「今後も交流が続いていけばうれしい」と話した。
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4か国からボートチームを受け入れた茨城県潮来市。今月9日から約10日間、事前キャンプを行っていたアフリカのナミビアは、女子のマイケ・ディークマン選手(27)とコーチ1人の小所帯だった。期間中、滞在先のホテルから練習場まで自転車で移動する際には、市職員が常に並走。合宿最終日の19日は彼女の誕生日で、サプライズで祝福した。
ケーキなど口に入れる物は万が一でも、ドーピング検査で陽性が出ることを懸念し、飾り付けだけのお祝いだったが、「27年間で一番良い誕生日になった」と喜んだという。
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一方、ロシア・オリンピック委員会のテコンドー選手団のため町内のホテルを貸し切りにするなどの対応をとった石川県穴水町。担当者は「感染予防に何をすべきか、一から考える必要があり大変だった」と語る。
東欧・モルドバのカヌースプリント選手団を受け入れた山形県西川町は、調理済みの食事を宿泊場所に配膳。「選手団を迎えられることは誇らしいが、具体的な対策は自治体任せ。国や大会組織委員会から何らかの支援があれば助かった」と町の担当者は漏らした。
コロナ禍で形が変わってしまった「おもてなし」。自治体職員らの陰ながらの奮闘が今回の東京五輪を支えている。その負担は、決して軽くはない。
「300gのステーキ肉30枚お願い」…外出できない選手団、事前キャンプで職員が「買い物代行」 - 読売新聞
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