【新潟】赤というよりピンク。びっしりと入ったサシ(霜降り)。特上カルビの視覚的破壊力は抜群だ。
上越市の焼き肉店「上越食道園」。地元のブランド牛「くびき牛」にありついた。焼き網に肉をのせる。ピンクが茶色に変わる。香ばしい煙が立ち上る。
「焼きすぎ厳禁です」。店を直営する精肉卸加工会社「肉のたなべ」専務の田辺剛さん(45)が言う。「シンプルな味付けで召し上がってください」。ほんの少しの塩でいただいた。
舌で切れる柔らかさ。サラッとした甘い脂。のみ込んだ後も肉の香りが鼻の神経を刺激し続けた。「脂に甘みがあるのが上質な肉の理由です。赤身のうまみもすごいですよね」と田辺さんは笑う。
どうやって育てられている牛なのだろう。昨年の品評会で最高賞をとった人に会いに行った。
萬羽(ばんば)畜産(上越市頸城〈くびき〉区)社長の萬羽博文さん(69)は120頭ほどのくびき牛を飼育している。おいしい肉にするコツは「健康に育てること」。胃を丈夫にするエサを与え、毎日、食欲に気を配る。「人間の赤ちゃんと一緒。うんこの状態を見るのも大切だね」
通常は生後28カ月ほどで出荷するが、萬羽さんは32カ月かける。「畑で赤くなったトマトがおいしいのと同じ。熟成が大切なの」。その分の手間を惜しまないのもひけつだとか。こうして育てられた萬羽さんの牛の8割は金沢市の問屋に出荷される。最高ランクの肉の中でも、高い評価を得ているという。
萬羽さんはかつて子牛を買っていた。だが、3年ほど前から自ら子牛の繁殖を開始。今年5月には萬羽さんの牛舎で生まれ育った牛が初めて出荷できる。「これが正真正銘のくびき牛。楽しみだよ」と笑った。
くびき牛は農耕用の牛が始まりだ。1960年代に肉牛として育てられるようになり、名前もそこそこ知られていた。いったん、ただの「国産牛」になったが、2011年になって生産者と販売業者が「深雪(みゆき)の郷(さと)くびき牛生産販売会」を設立。名前を復活させた。
それから10年たつが出荷量は増えず、年間220頭台から270頭台の間をうろうろしている。生産販売会の会長で荻谷畜産(上越市頸城区)社長の荻谷耕治さん(62)に聞くと、出荷量の増えない原因は後継者不足だと分かった。
上越市内の肉牛農家は減少の一途だ。10年は11軒だったが、18年以降は3軒だけに。生産販売会の生産者も、設立時は市外の生産者も合わせて9軒が名を連ねていたが、現在は5軒。生産をやめた4軒のうち2軒は廃業し、もう2軒は生産者の死去後に後を継ぐ人がいなかった。
新規就農のハードルも高い。「牛を20頭飼うとして設備投資などで初期投資は5千万円ほどかかります。でも、行政の支援は飼育頭数を増やすことに重点が置かれているから、新規就農にはつながらないのです」と荻谷さんは話す。
こんな厳しい状況でも「牛飼い」を志した若者がいる。近藤大貴さん(25)だ。荻谷畜産で働く傍ら、故郷の上越市牧区でくびき牛の繁殖を手がけている。
「やりがいのある仕事だとPRしたいんです。同じ世代に『牛飼い、やらんか?』と言えるように」と近藤さん。荻谷さんは目を細めつつ、こう話した。「私の責任も重大。芽をつぶしてはならないですから」(鈴木剛志)
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〈くびき牛〉 西、中、東と三つあった旧「頸城三郡」を中心とした地域で最も長く飼育され、さらにここが最後に育てられた場所であることが条件だ。黒毛和種の和牛と、交雑種がある。上越食道園(上越市春日山町1の7の8、電話025・524・8955)でいずれも味わえるが、予約時に確認が必要。
サラッと甘いブランド肉 上越の牛飼い、育てるくびき牛 - 朝日新聞デジタル
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